Sculptor’s House

Kentaro Shimoyama | Sculptor’s House

Sculptor’s House

Sculptor’s House

  • HOME
  • ABOUT
  • ARTISTS
    • WORKS
      • Shinji Nemoto
      • Sherman Fleischer
      • Tan Jinning
      • Rika Shiokawa
      • Kentaro Shimoyama
      • Tomotaka Yasui
  • ALL ARTISTS
  • CONTACT
  • ・プライバシーポリシー
  • ・特定商取引法に基づく表記
  • HOME
  • ABOUT
  • ARTISTS
    • WORKS
      • Shinji Nemoto
      • Sherman Fleischer
      • Tan Jinning
      • Rika Shiokawa
      • Kentaro Shimoyama
      • Tomotaka Yasui
  • ALL ARTISTS
  • CONTACT

Sculptor’s House

  • HOME
  • WORKS
  • Kentaro Shimoyama
  • 「手の際のドローイング#6」 下山健太郎

    ¥33,000

    手の際のドローイング#6 2023 糸、紙、キャンバス 29.7×21cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

  • 「手の際のドローイング#5」 下山健太郎

    ¥23,000

    手の際のドローイング#5 2023 糸、紙、キャンバス 16×17.2cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

  • 「手の際のドローイング#4」 下山健太郎

    ¥23,000

    手の際のドローイング#4 2023 糸、紙、キャンバス 15.7×18cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

  • 「手の際のドローイング#3」 下山健太郎

    ¥23,000

    手の際のドローイング#3 2023 糸、紙、キャンバス 16×17.2cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

  • 「手の際のドローイング#2」 下山健太郎

    ¥33,000

    手の際のドローイング#2 2023 糸、紙、キャンバス 29.7×21cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

  • 「手の際のドローイング#1」 下山健太郎

    ¥23,000

    手の際のドローイング#1 2023 糸、紙、キャンバス 18×16.3cm Artist website  http://shimoyamakentaro.com 下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。 ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。 ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。 藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。 だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。 このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。

CATEGORY
  • WORKS
    • Shinji Nemoto
    • Sherman Fleischer
    • Tan Jinning
    • Rika Shiokawa
    • Kentaro Shimoyama
    • Tomotaka Yasui
  • プライバシーポリシー
  • 特定商取引法に基づく表記

© Sculptor’s House

Powered by

キーワードから探す

カテゴリから探す

  • Home
  • WORKS
  • Kentaro Shimoyama
  • WORKS
    • Shinji Nemoto
    • Sherman Fleischer
    • Tan Jinning
    • Rika Shiokawa
    • Kentaro Shimoyama
    • Tomotaka Yasui