「手の際のドローイング#2」 下山健太郎
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手の際のドローイング#2
2023
糸、紙、キャンバス
29.7×21cm
Artist website http://shimoyamakentaro.com
下山健太郎のドローイングは、「置く」とか「立て掛ける」といった行為そのものが、すでに線の一部になっている。壁に掛ける前から、いや掛けなくても、絵は空間に触れはじめている。床に寄りかかり、壁に寄り添いながら、見る人の身体の近くで、じわっと空気の輪郭を変えていく。
ミシンの上糸と下糸で、表と裏の線の色が違う。ふつう隠れるはずの裏側が、もう一つの表として顔を出してくる。線は描かれるというより、布を貫通して、行って帰ってくる。その往復のあいだに、時間も視点も、少しずつズレながら重なっていく。
ロックミシンの線は、きれいに描こうとしていない。むしろ、歩いている。寄り道したり、少し速くなったり、ふっと揺れたりする、その足取りがそのまま縫い目になっている。身体のリズムがミシンに移り、ミシンの振動がまた身体に返ってくる。線はその往復のあいだに置いていかれた、通過のしるしだ。
藁半紙とキャンバスを何枚も重ねた支持体は、軽いのにどこか鈍く、厚いのにふわっとしている。その中に、線が沈んだり、少し浮いたりする。素材の層というより、時間の層、行為の層が重なっている感じがある。歩くことと縫うこと、身体と機械、表と裏が、ここでははっきり分かれずに、にじみ合っている。
だからこのドローイングには、きっぱりした表裏がない。あるのは、行ったり来たりしている動きだけだ。線はどこかを指し示すのではなく、空間の中をうろつきながら、外へ外へと開いていく。
このドローイングを手にしたとき、その人の部屋には、ひとつ余分なリズムが入り込むかもしれない。置かれた場所が少しだけ落ち着かなくなって、でもその落ち着かなさが、いつの間にかその場所の呼吸になっていく。そんなふうにして、空間がひとつ増える。
